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最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)82号 判決 1994年7月18日

スペイン国

バルセローナ パウ・カサルス通り一五番

上告人

ギュイ・ラフォレスト・ル・ボーデック

バルセローナ アベニーダ・ディアゴナール五四一番

上告人

ラフォレスト・ビック・ソシエダット・アノニマ

右代表者

アルフォンソ・マルティ・ブラビィ

右両名訴訟代理人弁理士

青山葆

河宮治

和田充夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 高島章

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第五八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年九月二日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人青山葆、同河宮治、同和田充夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

(平成六年(行ツ)第八二号 上告人 ギュイ・ラフォレスト・ル・ボーデック 外一名)

上告代理人青山葆、同河宮治、同和田充夫の上告理由

一、 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるから、破棄を免れないものである。

(一) まず、原判決は、「乙第2ないし第4号証によれば、引用例記載の発明の出願当時、一般にヤスリ歯を成形する場合、鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こし、切削することなくヤスリ歯を成形することは周知であったことが認められる。そこで、この周知の事実を考慮のうえ、引用例添附の第2図にU字状に描かれた歯の形状及び第3図に歯元の部分が切込み状に描かれた歯の形状を見れば、上記の図示された一例のヤスリ歯部が、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして成形されたものであることは、当業者であれば容易に理解できた、ということができる。

そして、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こしてヤスリ歯部を成形すれば、ヤスリ歯部は線状鋼材の外周から突出することは明らかであるであるから、引用例には、引用例記載の発明の製造方法によって製造されたものとして、線状鋼材を切削することなく、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして線状鋼材の外周から突出したヤスリ歯部を成形したライター用ヤスリ輪が開示されていると認められる。」(原判決第二五~二六頁)と認定する。

しかしながら、乙第二~四号証は、いずれも鏨により肉厚の大きな金属の固体片を加工するための工具を製造する際にその工具のヤスリ歯を形成することが開示されているだけである。よって、肉厚の小さなワイヤであって、しかもコイル状に巻かれた外周面にライター用のヤスリ歯を形成することは、乙第二~四号証には全く開示も示唆もされてはいない。言い換えれば、当業者にとって、鏨によりコイル状に巻かれたワイヤの外周面にヤスリ歯を形成するためには、非常に高精度でコイル状のワイヤを回転させかつ鏨を駆動させる必要があり、実際上、非常に困難なものである。ここで、仮に、ライター用のヤスリ歯を形成する場合に小さな鏨を使用することを考えてみる。例えば、5.90mmの内径で7.20mmの外径のコイルスプリングを形成する場合には、本願発明においては、くぼみを備えた0.61mmの直径のワイヤをコイル状に巻いて形成することができる。これに対して、引用例記載の発明と乙二~四号証との組み合わせによる技術においては、直径0.61mmのワイヤを約五重程度にコイル状に巻いたのち直径0.61mmのワイヤの一巻き毎にヤスリ歯を形成する場合には、0.61mmと同じ幅又はそれ以下の幅の鏨を用いる必要がある一方、直径0.61mmのワイヤを約五重程度にコイル状に巻いたのちに5本のワイヤに一度にヤスリ歯を形成する場合には、3mm程度(≒0.61mm×5本)の幅の鏨を用いる必要がある。よって、幅0.61mm以下の鏨又は幅3mm程度の鏨は、そのような鏨を形成するのが非常に困難であるばかりか、乙第二~四号証に記載された金属加工用の鏨と同様に取り扱えるものではない。このような困難性を考慮すると、鏨をライター用のヤスリ歯に適用することを当業者が容易に理解できるとは到底考えられるものではない。よって、原判決における「ヤスリ歯部が、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして成形されたものであることは、当業者であれば容易に理解できた、ということができる。」(原判決第二五~二六頁)との認定は妥当なものではない。

むしろ、ライターのヤスリ歯に関する甲第九~一一号証のような公知の従来技術を参照すれば、上記引用例記載の発明における「加工工具」は、鏨ではなく、切削用又は研削用の工具であることは明らかであり、引用例記載の発明のライターのヤスリ歯は切削又は研削により形成されていたと解するのが妥当である。すなわち、上記例において、直径0.61mmのワイヤを約五重程度にコイル状に巻いたのち直径0.61mmのワイヤの一巻き毎にヤスリ歯を形成する場合でも、直径0.61mmのワイヤを約五重程度にコイル状に巻いたのちに5本のワイヤに一度にヤスリ歯を形成する場合でも、周知の技術、例えば上記甲第九~一一号証により、切削又は研削により容易にヤスリ歯を形成することができる。

さらに、原判決では、引用例記載の発明のヤスリ歯部を鏨で成形する根拠として、「第2図にU字状に描かれた歯の形状」及び「第3図に歯元の部分が切込み状に描かれた歯の形状」を挙げている。

しかしながら、一般に、切削又は研削により任意のヤスリ歯形状を形成できることは周知の事実であり、引用例添付の第2図のU字状に描かれたような歯の形状も切削又は研削により形成することが可能である。よって、U字状の歯の形状より、そのヤスリ歯は鏨で形成したものと原判決が認定したのは誤った認定と言わざるを得ない。また、第3図は、図面の簡単な説明の欄の記載より明白なように、断面側面図ではなく単なる「側面図」である。この第3図は、正面図からみて半ドーム状のヤスリ歯部を形成したものにおいて、そのヤスリ歯の端部がヤスリ輪の側端面にまで達したものを側面図として表したものである。この点につき、原判決は第3図を断面側面図と誤って認定し、歯元まで切込み状となっていると誤った事実認定をしたものである。

従って、原判決において引用例記載の発明のヤスリ歯を形成する加工工具が鏨であるとの認定は、誤った根拠に基づくものであるから、その事実認定は誤ったものと言わざるを得ない。

また、引用例記載の従来技術は切削又は研削によりヤスリプランクを形成しそのヤスリプランクに螺旋溝及びヤスリ歯を形成したものであり、これを改良すべく、線状鋼材をコイル状に巻いてヤスリプランクを形成するとともに自然に螺旋溝を形成したのち、切削又は研削によりヤスリプランクにヤスリ歯を形成するものである。よって、引用例記載の発明は、ヤスリプランクを切削又は研削により形成するとともに該ヤスリプランクに螺旋溝を切削又は研削により形成していた従来の2種類の切削又は研削作業を不要とし、単に鋼材をコイル状に巻くことによりヤスリプランクの形成と螺旋溝の形成を自然に行うことにより材料費を節約できるものである。

従って、引用例記載の発明においてヤスリプランクにヤスリ歯を形成する加工工具は、鏨等ではなく、切削又は研削のための加工工具であると理解するのが妥当であり、原判決の事実認定は誤ったものである。

(二) また、原判決は、上記(一)の冒頭に記載した認定に基づき、「 上記のとおりの引用例のヤスリ歯部の形状と、くぼみがワイヤの本体中心(外周)から突出する複数の鋸歯状突出部で形成された本願発明の突出カッタとの間に、特に差異は認められないというべきである。」(原判決第二六~二七頁)と判示する。

しかしながら、上記(一)において検討したように、引用例記載の発明のヤスリ歯は、鏨により形成するものではなく、切削又は研削により形成するため、以下の理由により、このように形成されたヤスリ歯と本願発明にかかる突出カッタとは形状において異なるものである。

すなわち、本願発明においては、特許請求の範囲に記載したように、ワイヤの本体中心から突出する複数の鋸歯状突出部でくぼみが形成される結果、突出部がばねの外周から突出するようになっている(甲第一号証にかかる本願明細書第四頁第一五~一八行)。このことは、本願明細書に添付の図面の第4図に突出部5で示すように明らかである。また、第1、3図において、コイルばねの外周には「くぼみ」を示す縦線が明示されている。これに対して、引用例記載の発明では、第2、4図に示すように、線状鋼材がコイル状に巻かれてなるヤスリプランクの外周に加工工具でヤスリ歯部を切削によりU字状に成形するものであって、第4図の断面図より鋼材の外径より突出する歯が無いことは明らかである。よって、本願発明と引用例記載の発明とは突出カッタの形状において大きく異なるものであることは明らかである。

この突出カッタの形状における本願発明と引用例記載の発明との間の相違点は、一見、わずかなものに思えるかもしれないが、この差は非常に大きなものである。以下にその理由について述べる。

引用例記載の発明で示されたようにコイルのワイヤ本体の中心をやすりで削ることによってやすり歯を作る場合よりも、本願発明のようにくぼみ(3)を作ることによって歯を形成すれば、材料を大幅に節約できるものである。また、引用例記載の発明のようにやすりで削るとコイル材料が減少してしまうことになる。これに対して、本願発明にかかる突出したくぼみ付きの歯は、引用例記載の発明とは異なり削ることはなく、かつ、ワイヤ本体より歯を突出させるためワイヤ本体の直径より歯を大きくすることができて引用例記載の発明のコイルより小さい直径のワイヤを使用することができるので、本願発明における材料の節約は顕著なものである。このことは本願発明の明細書において、「本発明にあっては、この部品の生産コストは、該部品がそれに組込まれずに発明に係るある要素に置換えられるので、非常に減少する。すなわち、ワイヤに溝を削って形成する代わりに、上記ヤスリのワイヤ本体中心から突出する鋸歯であるので、材料をムダに使うことがない。」(甲第一号証の本願明細書第三頁第六~八行)と記載されていることより明らかである。さらに、引用例記載の発明では、切削により材料が削り取られて浪費される上に削り取られた材料を清掃する必要があり、その手間とコストがさらにかかる。これに対して、本願発明では材料が浪費されることはなく清掃の必要もない。

また、本願発明によれば、ワイヤの長手方向のスチールファイバーはくぼみ形成工程によっては切断されず、本願発明の歯の機械的な強度は、スチールファイバーの固有の結合が切断される引用例記載の発明と比較して増大している。言い換えれば、引用例記載の発明では切削時にワイヤのスチールファイバーを切断することになり、切削により形成された歯の強度は本願発明のものよりも弱く、耐摩耗性に劣り、変形しやすいものとなる。

また、引用例記載の発明の「やすり歯」の構成は、コイル状に線状鋼材を巻いたのち、ヤスリ歯型を設けてライター用ヤスリ輪を成形するので、本願発明のくぼみ付きの歯と比較してより複雑な工程が必要となり製造コストは高価なものとなる。これに対して、本願発明では、線材に予めくぼみが形成されており、これを巻くだけで良いので、簡単かつ安価に製造できる。このことは、「従来の装置よりも多量生産のコストがより低くなることは、本発明に係るばねの特徴から理解できる。それは、線材(ワイヤ)に横切りラインをつけてコイル状に巻き、そして切断する各ステップを行ってコイル状の線材を切り離し、十分に第2と最終ステップの熱処理を行って完全に製造するからである。」(甲第一号証の本願明細書第四頁第三~九行)と明細書に記載していることからも明らかである。

従って、本願発明と引用例記載の発明とは突出カッタの形状の相違点の認定において、原判決は誤った認定を行ったものと言わざるを得ない。

さらに、本願発明と引用例記載の発明との相違点としては上記以外に以下のものがある。火打ち石に対してこすられるコイルの突出カッタは散らばって配置されているほうが、カッタが平行な列に配置される場合よりも火花を発生させるのには好ましいことは当業者ならば自明なことである。本願発明では予めくぼみを設けて形成した突出カッタをワイヤに備え、この突出カッタ付きのワイヤを巻くことによってコイルを形成するため、必然的に突出カッタが平行になることなく本願発明の明細書に添付の図面の第1、3図に示すように散らばって配置されることになる。これに対して、引用例記載の発明ではワイヤをコイル状に巻いた後、切削又は研削により歯を形成するため、甲第五号証の第2、4図に示すようにその歯は必然的に平行な列となる。この点においても、本願発明と引用例記載の発明とは相違するとともに、上記本願発明にみられる優れた作用効果を有する構成については引用例には全く開示も示唆もされていない。

(三) また、上記(一)の認定に基づき、「前記3(1)における認定事実及び前記3(2)における検討の結果によれば、引用例記載の発明の出願当時、点火ホイールのヤスリ歯部の成形に切削や研削が利用されていたところ、引用例記載の発明は、そのような従来技術を改良することを技術的課題(目的)とするものであること、また、当時、ヤスリ歯を成形する場合に鏨等の加工工具により金属地金を打ち起こし、切削することなくヤスリ歯を成形することが周知であり(この周知の成形方法を引用例記載の製造方法においてそのヤスリ歯部の成形に適用することに困難はない。)、引用例に図示された引用例記載の発明の一例のヤスリ歯部は鏨等の加工工具により成形されたものであることが認められる。そうすると、上記原告らの主張は、理由がないというほかはない。」(原判決第二八~二九頁)と判示する。

しかしながら、上記(一)において検討したように、引用例記載の従来技術では切削又は研削によりヤスリプランク、螺旋溝、ヤスリ歯をそれぞれ形成したものを、これを改良すべく引用例記載の発明では、ヤスリプランク及び螺旋溝の形成はワイヤをコイル状に巻くことにより行い、ヤスリ歯の形成のみ切削又は研削で行うようにしたものと解するのが妥当であり、かつ、上記したように鏨による加工方法をライター用ヤスリ輪に適用することは非常に困難である以上、引用例記載の発明のヤスリ歯は鏨等の加工工具で成形されたものであるとする理由は無く、原判決の認定には重大な誤りがある。

(四) さらに、原判決は「前記3(2)において検討したとおり、引用例記載の発明の製造方法を具体的に説明するための一例として引用例に図示されたヤスリ歯部は、鏨等の加工工具により線状鋼材の外周を打ち起こして成形されたものと解されるから、原告らが取消事由3の<1>及び<2>として主張する本願発明の作用効果は、引用例記載の発明も有する作用効果であって、本願発明に特有のものではないというべきである。

また、前記3及び5の検討の結果によれば、本願発明の突出カッタと引用例記載の発明のヤスリ歯部とは、形状、配置等構成に差異はないことが明らかであり、原告らが取消事由3の<3>として主張する作用効果は、製造方法に基づくものでしかないが、本件全証拠によっても、引用例記載の発明が本願発明の場合と比較してより複雑な工程を要し、製造コストが高価になることは認められず、この作用効果を認定することはできない。」(原判決第三〇~三一頁)と判示する。

しかしながら、上記判示は上記したように誤った事実認定に基づくものである以上、何ら根拠のあるものではなく、妥当なものではない。すなわち、本願発明の作用効果は引用例記載の発明には全くみられない特有の顕著なるものであり、本願発明と引用例記載の発明とは全く異なるものである。また、本願発明と引用例記載の発明との間において、ヤスリ歯部の形状、配置等構成に大きな差異があり、取消事由3<3>に記載したように、引用例記載の発明が本願発明の場合と比較してより複雑な工程を要し、製造コストが高価なものとなる。

二、 しかるに、原判決は、引用例の誤った事実認定に基づきなされたものであり、原判決には特許法第二九条第一項第三号を誤って解釈適用しており、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり、破棄されるべきものである。

以上

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